伝説「雄国沼のとらんぼう」
標高1,000m以上の天空にある神秘的な雄国沼には、昔からこの沼の主の大泥鰌(どじょう)が棲んでいると伝えられている。胴回りは仁王さまのきき腕ほどあり、口は耳まで割けて、本当にこわい化け物みたいだといわれていたが、誰も見たことがない。村の人たちは、沼の主のいるこの沼に近づくこともなかったので、沼や流れ込む小川には、たくさんの泥鰌がうようよしていた。
ある日のこと、ひとりの男がこの沼に行って泥鰌すくいをしてみたいと思い、登っていった。網を入れてすくう度にいっぱいの泥鰌がとれて、たちまち大きなハケゴいっぱいになってしまった。喜び勇んで家路を急ぎ、沼の峠にさしかかったときであった。沼の方から「とらんぼう! とらんぼう!」と呼ぶ奇妙な声がした。振り返って沼の方を見たけれど、誰もいない。あたりはシーンと静まり返っていて、ハケゴに入っている泥鰌だけが、「キュッ、キュッ」と泣くだけだった。
男は空耳だと思って歩きだしたら、また「とらんぼう! とらんぼう!」と、先程よりはっきりした声で男に呼びかけた。あんまり泥鰌を取りすぎたから、沼の主が怒っているんだなと思うと不気味になり、男はハケゴごと泥鰌を坂下の川に投げ込むと、転げるように逃げ帰った。しかし、身も心も疲れ果て具合が悪くなってしまったという。
村中にこの話が伝わり、沼の主のことをいつしか「とらんぼう」と呼ぶように なったんだと。