天狗石

下川前の大谷川左岸には、長さ約6m、高さ約2.5mの流紋岩の岩塊があり、地元では「天狗石」と呼ばれている。岩の上部の面には、長さ約30cmほどの足跡のような窪みがある。

天狗石には次の二通りの伝承がある。

一つは、「天狗石は女石で、上川前より下川前に渡る大谷川の橋の右たもとにあり、昔、天狗が男石を抱きかかえて、辛(みづのと)の方角に飛び去ったと伝えられ、今も女石の上に天狗の足跡がかすかに残っている」というもの(『裏磐梯北塩原の民俗』)。

もう一つは、「大塩字下川前にあり、高さ一丈余、周囲六間余、昔、愛宕山に住む天狗が旧八月十五日の夜に田毎の月を見ようとして田を見たら、天狗自身の姿が十二枚の田毎に写ったので非常に驚いて、愛宕山より大石に飛び降りたために、今も天狗石に左足跡が残っている」というもの(『北塩原風土記』)。

天狗の足跡天狗の足跡

二つの伝承の大きな相違点は、天狗が「石から飛び去った」と「石に飛び降りた」である。後者の伝承に出てくる愛宕山は、天狗石から北西に360mほど隔てた標高約580mの峰であり、東側の大谷川の低地から急傾斜でそびえ立っている。天狗石とは150mほどの高度差がある。

天狗石のような流紋岩は、この付近には地層として分布していない。天狗石ほどの大きさはないが、近辺には大谷川に沿って流紋岩の孤立した岩がいくつか見られる。大谷川の上流には流紋岩を含む五枚沢川層が分布している。天狗石は、五枚沢川層中の流紋岩体が侵食を受け、洪水のような速い水流に乗って現在地まで運ばれてきた可能性が高い。